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スペンサー・ウェルズ (和泉裕子訳)2007「アダムの旅―Y染色体がたどった大いなる旅路」バジリコ(株)

世界中の人のミトコンドリアDNAとその変異を解析すると、世界中の人の系統図が出来上がる。
この系統図を見ると現在地球上あらゆるところに住む人は約7万年前住みなれたアフリカを旅立ち世界中に広まっていったことがわかる。 しかしミトコンドリアDNAは女性にのみ受け継がれるものである。男性にもミトコンドリアDNAはあるが、受精の祭に失われるらしい。したがってミトコンドリアDNAを解析してできあがった系統図は女性の系統図に過ぎない。
 折しも、表題の本が目に留まった。もちろんY染色体は男性にしか存在しない。Y染色体の解析から描かれる人類の系統図は、女性系統図とはことなるかもしれない。以前読んだ「日本人になった先祖たち」(NHK)に、日本と大陸のDNA分布の差に関する次のような記述があった。
ミトコンドリアDNAのハプログループ分布が、朝鮮半島や中国東北部の集団とそれほど違っていなかったことを考えると、これらの地域と日本のY染色体DNAのハプログループ頻度が大きく違うのは奇妙な現象です。単純に考えると、渡来系弥生人の多くが女性だったということになるのですが、その説明には説得力がありません。むしろ、その後の歴史時代を通じて、この差が生じたと考えるのが自然でしょう。 ― 中略 ―
 その差の最大の原因であるハプログループDについて考えて見ましょう。とりあえず状況証拠から、このハプログループが縄文人に由来すると仮定します。そう考えると縄文・弥生移行期の渡来人の流入が、平和的に行われた姿が浮かび上がってきます。南米の先住民に、ヨーロッパ系のDNAがどの程度流入しているかを調査した研究があります。具体的には先住民の社会における在来のミトコンドリアDNAの比率と、Y染色体同士の比率を比較するのです。するとヨーロッパ系のミトコンドリアDNAよりも6~9倍高い比率でY染色体が流入していることが明らかになっています。実際には流入後の増加率にも違いがあるので、流入した男女数がこの比率であったわけではないでしょうが、征服による融合では、Y染色体DNAの方が多く流入するのです。もし渡来人が縄文時代から続いた在来社会武力によって征服したのであれば、その時点でハプログループDは著しく頻度を減少させたでしょう。縄文・弥生移行期の状況が基本的には平和のうちに推移したと仮定しなければ説明がつきません。また日本では、その後の歴史の中で特定のハプログループが特に拡大することもなかったようで、そのあたりの事情の違いが大陸のハプログループ頻度との差生み出しているのでしょう。大陸と日本に見られるY染色体DNAのハプログループ頻度の違いは日本ではなく大陸の方に原因がありそうです。
p.199~p.201

 期待(?)に反して「アダムの旅」によると、地球規模でみるかぎりは男性系統図も女性系統図も似たようなものだ。つまりおおむね人類は平和的に繁栄してきたらしい。私が期待(?)したような不幸な男性の足跡についてはほとんど記述してなかったが、人類が世界中に広まっていく上での気象条件や文明的制約についは興味深い記述があった。中でも太平洋の島々(中でもハワイは、他の島や陸地からの距離が遠くもっとも厳しい)に人々が移り住むためには航海技術だけではなく農耕文明が必須であるという記述には感心した。
 今後世界中の人々のDNA変異が分析されれば、人類の足跡が解明されるかもしれない。しかし著者によるとこの解明作業は時間との競争になっているらしい。なぜならグローバルな「人種のるつぼ」が進んでいるからだ。その様子は少規模言語消滅に典型的に現れている。小規模言語といってもどこかの小国の言語ばかりではない。次の文には少々驚いた。(私が無知であったことを認識した)
今日フランス人の母国語に感銘を覚えずにはいられない。フランス語の純化と保護を目的とする公的機関、アカデミー・フランセーズはタカの目を光らせてフランス語の書き言葉や話し言葉を監視し、外国語からの影響をものともせずに、望ましいフランス語の維持に努めている。しかしわずか150年前―およそ6世代前―までは、この国でフランス語を話す人の割合は、全人口の半分にも満たなかった。たいていの人は、自分の住む地域の方言や言語を話していたのである。同時期のイタリアでも、イタリア語を話す人は人口の10パーセント以下だった。当時のイタリアの首相クレメンス・フォン・メッテルニヒは、「イタリアは国というよりも、単なる“地理上の名前“だ」と皮肉ったことがあるが、言語面から見れば、彼の言ったことはまさしく真実であった。
  「アダムの旅」p.299~p.300
by takaminumablog | 2007-04-18 09:03 | 読書日記(その他の科学)
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