人気ブログランキング | 話題のタグを見る

負のフリン効果

知能指数(IQ)のスコアが100年にわたって上昇し続けているという現象は「フリン効果」(注1)と呼ばれている。IQに関する解説書(注2)には次のように紹介されている。

以下、引用 p.180
1987年のフリンの論文は衝撃的であった。14ヵ国のIQのデータは1世代で5~25点も上昇しているという。多くの研究者のデータをまとめたレビュー論文である。フリンは35ヵ国、165名の研究者に手紙を出して、データの提供を求めた。それをフリンが整理したものである。
引用、終わり

「人間が少しずつ進化している」と直感する人もいるかもしれないが、心理学者の大勢ではない。前掲の解説書にはつぎのように記述されている。

以下、引用 p.184
もちろん、我々は1世代くらいでは賢くならない。遺伝子も変化しない。それでもIQはどんどん上昇する。つまり、IQの値を決定するのは遺伝子ではなく環境である。知能テストが測定しているIQの値も疑わしい。なんらかのアーティファクト(人為的な間違い)が混入しているのではないか。
引用、終わり

心理学者はどう考えるかわからないが、「進化はしないまでも、教育機会などの環境を通じてすこしずつ賢くなっているのではないか」と思っていた人が多いだろう。(私もそう思っていた。)

ところが最近「フリン効果」が終わって逆の現象が起きていているらしい。「負のフリン効果」と呼ばれている。こちらの記事参照。なぜ「負のフリン効果」が起きるのかはっきりしないようだが、私は真先にパソコン、スマホさらにテレビの影響を思いついた。老人になった私でさえ、どんどん字が書けなくなっている。子どもたちへ影響は計り知れないだろう。記憶学者の本(注3)に次のような記述があった。

以下、引用 p.137~
一般的にメディアは赤ちゃんの発達に影響を与えないと考えられてきた。ところが実際には、この産業についてのある大規模研究で好ましくない結果が出ている――2007年、ワシントン大学のフレデリック・ジマーマンとチームは赤ちゃんにテレビを見せると、言語発達にかなりの悪影響を及ぼすことを発見した。彼らは幼児をもつ1008名の親を招き、子どものメディアを見る習慣についてたずねた。さらに、子どもの言語の発達状態を測定するマッカーサー乳幼児言語発達質問紙を簡略化したものに記入させた。このふたつの調査をまとめたところ、八~十六ヵ月の幼児では、一日にベビーメディアを見る時間が一時間増すごとに、知っている言葉の数が六~八個減ることがわかったのだ。
 ベビーメディアは効果がないことは、学会や専門組織によりしっかりとした根拠が出されているため、主要な小児科医団体はこの問題に対し、明確なガイドラインを示してきた。たとえば、2011年、米国小児科学会(APP)は、二歳以下の子どもには画面をまったく見せるべきではないと明言している。これはiPadもiPhoneもラップトップもテレビもだめという意味だ。
引用、終わり

最近「魚をよく食べる人のIQの値が高い」という研究結果が話題になっている。この結果から「魚を食べるとIQの値が上昇する、賢くなる」というばかばかしい記事を多数見かける。魚食は健康にはよいだろうが、知能指数が向上するというのは、相関関係と因果関係の混同(注4)だろう。
前掲のIQに関する解説書(注2)を引用しておく。

以下、引用 p.187
相関研究の戒めとして、アイスクリームの売上高と児童の溺死という例がある。アイスクリームの売り上げと児童の溺死に0.6の相関があったとしよう。アイスクリームが売れたから児童が溺死するだろうか。それとも、児童が溺死するからアイスクリームが売れるだろうか。因果関係の方向はどちらも考えられるが、どちらも間違いである。気温が上昇するからアイスクリームが売れるし、水遊びに出かける児童が増えて溺死も増える。本当の原因は気温である。
引用、終わり

(注1)性選択は進化に大きい影響を及ぼすだろうが、ここで述べるのは「不倫効果」ではない。J.フリンとうニュージーランドの学者が提唱したためそう呼ばれている。

(注2)村上宣寛「IQってホントは何なんだ?」2007 日経BP
IQに関する偏見に満ちた本は無数にあるが、まともな本はほとんどない。この本はめずらしいIQについての初心者むけの解説書。

(注3)ジュリア・ショウ著(服部由美訳)「脳はなぜ都合よく記憶するのか 記憶科学が教える脳と人間の不思議」2016講談社
この本の原題はThe Memory Illusionで、内容も記憶に関する幅広い話題に及び面白い。なぜか日本語訳には奇妙なタイトルがつけられている。表紙のイラストも内容を連想させない購買意欲を削ぐものだ。

(注4)一般にAとBに相関関係があった場合、つぎのケースが考えられる。
①事象Aと事象Bに因果関係がある。どちらが原因でどちらが結果なのか、相関関係からは決定できない。
②事象Aと事象Bは相互に原因でもあり、結果でもある。制御工学のフィードバックという言葉がよく使われる。
③事象Aと事象Bに共通の原因があり、AとBはその結果である。
④無関係。あるいは無視できるほど些細な関係。相関関係は単なる偶然。
これくらいのことは研究者や科学記事をかくジャーナリストは百の承知のはず。それにもかかわらず、相関関係だけを根拠に特定の因果関係を主張する者は、嘘つきだと思った方がよいだろう。



by takaminumablog | 2018-11-28 13:25 | 読書日記(その他の科学)
<< 足立美術館 蝉の命ははかなくて >>