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百名山馬鹿とツアー登山

最近の中高年登山ブームで、困ったことだと思うことが二つある。それはツアー登山と百名山馬鹿の横行だ。

 山で「百名山を全部登った」「あといくつで踏破だ」と自慢する人に出会う。彼らはできるだけ効率的に楽なコースから百名山の三角点に立とうとしているようだ。(私はそのような人を百名山馬鹿と名づけている)「あんたアホか!名山には最も魅力的なコースからゆっくり楽しみながら登るものだろ!」と思いながら話にあいづちを打つのはつらい。大抵の山は、展望のきかない日に三角点に立つ意味はあまりない。ちなみに日本百名山を100日ちょっと(123日)で登ったという馬鹿の先駆者は重廣恒夫。またニュージランドから来た登山家が78日で踏破したそうだ。彼らはそれがビジネスかもしれないが素人は目標にすべきではない。

ツアー登山が流行し事故も発生している。ツアー登山で事故が発生した場合、ガイドの責任が追求される。その責任は自主登山におけるリーダーとは比較にならないくらい重い。しかしツアー登山といえども、参加するからにはある程度、危険が伴うことは承知していなければならない。体力もないのに無理な登山ツアーに参加することは許されない。次の本にもそのような解説がある。
横溝康史2007「登山の法律学」東京新聞出版局
上記のことは当然のことと思われるが、実際に参加する人には必ずしも常識となっていないように感じる。最近同年輩のシニアの方と話をしていると、ツアー登山に行くという人によく出会う。その人たちに、なぜ「自分たちだけで行かないのか」と尋ねると「コースがわからない」という返事が返ってくる。 基本的な知識や装備もない人がツアーに参加している場合があるようだ。

羊蹄山ツアー登山事故(札幌地方裁判所平成16年3月17日判決)は有名だ。平成11年9月の羊蹄山ツアー事故で二人の客が凍死した事故について、添乗員の刑事判決を肯定したものである。(上記の本にもこの事故を基にした説例32として解説がある)この事故についてはこちらも参照。この事故を契機として旅行業ツアー登山協議会され、公正な取引の維持、安全確保、旅行者の利便の増進に勤めているらしい。しかし旅行会社の低価格・低コスト志向が続く限り、ガイド一人当たりの登山客の数は多くなり、安全な登山は難しいのではないだろうか。またツアー登山は特定の山(大抵の場合百名山)に集中しがちで、オーバーユースの問題を招いている。
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by takaminumablog | 2007-10-28 16:59 | 雑感 | Comments(0)

映画「ミリキタニの猫」

評判の映画が終わってしまう前に、と見に行った。色々な人が評論や感想を述べているが、どれも説明しきれていない。 文章では言い表せないので映画を観てもらうほかはない。普通のドキュメンタリーは映画を作る人はひたすら対象を見つめるだけで、影武者のような存在だ。しかしこの映画では話の展開に監督が深く関わっている。路上生活をする画家をハッテンドーフ監督(女性)が自分の家に住まわせることによって成り立っている。同居して主人公ミリキタニの内面を読み取っていく。
石油利権のためだかなんだか知らないが無用な戦争をしているアメリカではあるが、国民の中にはこんな素晴らしい人もいる、と感動した。
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by takaminumablog | 2007-10-25 17:20 | 雑感 | Comments(0)

ジェームズ・ワトソン博士の発言とその反響

ジェームズ・ワトソン博士がアフリカの将来に関する話題のなかでの発言が話題になっている。本来マスメディアはもっと突っ込んだ解説をすべきだと思うが、なされていない。(欧米のメディアを恐れているのかな?)この種の問題にかんしては個人のブログ(池田信夫ブログ佐藤秀ブログなど)のほうが面白い。私もこの問題について発言させてもらうことにする。

1.ジェームズ・ワトソン博士は、本当に「黒人は遺伝子的に劣る」と発言したのか
 日本のマスコミでもそう発言したように報道された。事実はどうであろうか。佐藤秀さんはブログに「そんなことは言ってない」「知的能力では一般敵に劣る傾向があると言っているに過ぎない」と書かれている。確かにそうだが、その発言のあとで「今後10年以内に人間の知性に関する遺伝子が発見されるだろう」と発言したらしい。したがって「黒人は遺伝子的に劣ると発言」はちょっと行き過ぎた要約ではあるが、誤報・虚報とまでは言えないだろう。

2.知性を決定する遺伝子は存在するのか
 池田信夫さんは「IQと遺伝子には明らかな相関がありその一部も同定されている」と書いているが正しいのだろうか。「IQってホントは何だ」によるとIQと遺伝には強い相関があることは間違いないようだ。一般には60%~80%決定するといわれる。 ただし子宮環境という概念を導入すると48%や38%という研究結果もある。さらにIQと遺伝の関係には大きな問題がある。それはニュージランドのフリンという研究者が1987年に「14カ国のIQが1世代で5点~25点も上昇している」という衝撃的な論文を発表したことだ。1世代で遺伝子が変化するわけはない。要するにIQを上昇させるような社会的要因が存在するらしい。(フリン効果と呼ばれる)
 池田信夫さんの「IQを決定する遺伝子が一部同定されている」というのは初めて聞いたが、おそらく間違いであろう。
 
3.ジェームズ・ワトソン博士の発言は科学的には正しいのか
 博士の発言はPolitically incorrectであることに異論のある人はいまい。科学的にはどうだろう。
 博士は米国における経験(“people who have to deal with black employees find this not true”.と発言している)からアフリカ系の人が 知的に劣ると考えたようだ。しかし、アフリカに住む人々には大きな遺伝子多様性がある。アメリカにいる肌の黒い人がアフリカの人々を代表していると考えたとすると、無知もはなはだしい。ブログの中にも「IQはアジア人>白人>黒人」ということを述べている人がいる。アメリカ在住の人だけに限定すれば理解できないではないが、世界中の人類をアジア人、白人、黒人などと分類するのはもってのほかだ。参考までに、篠田謙一「日本人になった先祖たち」の中に次のような記述がある。
現在のアフリカは私たちの故郷でありながら、南北格差のなかで貧困に起因する劣悪な生活環境や飢餓、疾病に苦しんでいます。さらに残念なことに、この状況は地域内の紛争やグローバリゼーションの波のなかで改善されることなく、悪化の一途を辿っているのです。その歴史の古さから、アフリカの集団は他の世界の集団に比べれば数倍もの遺伝的多様性を持っています。ですからアフリカ集団の衰退は、結果的に人類の遺伝的多様性を大きく損なうことになるのです。また人類の進化史上、三度目の飛躍があるしたら、遺伝的な多様性の高いアフリカ集団が母体になることも考えられます。

なお現在アメリカに住むアフリカ系の人々(肌の色が黒い人)にはかなりの割合で白人の血が混ざっているそうだ。肌の色だけから遺伝子を推察してはいけない。

4.結論
IQと年齢には肌の色などより明確な相関がある。ジェームズ・ワトソン博士(79歳)の過去の業績はともかく、現在の発言内容から推察するとIQが低下しボケが始まっているかもしれない。
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by takaminumablog | 2007-10-22 13:05 | 読書日記(その他の科学) | Comments(0)

将棋ソフトの善戦をどう解釈すべきか

保木邦仁、渡辺明2007「ボナンザVS勝負脳」角川oneテーマ21
例によって、半年以上前の遅れた話題。
ボナンザという名前の将棋ソフトが渡辺竜王と公式戦を戦い善戦した。善戦しただけで勝ったわけではないが、将棋界の人や人工知能に興味のある人を驚かせた。知らない人のために補足すると、現在将棋のメジャータイトルは7つある。そのうち6つは30代半ばの人(いわゆる羽生世代)が保持しているが、竜王のタイトルは23歳の渡辺明が3期も保持し続けている。要するに竜王は並のプロではない。一方ボナンザの開発者保木邦仁の本職は「電子や原子の動きを考えて、どのように分子が形を組み替えていくのか。そうした化学反応について、コンピュータを用いたシミュレーション技法で研究すること」という研究者だそうだ。ボナンザは半ば遊びで開発したもので、将棋は自称5級程度というから驚いた。他の将棋ソフトの開発者はかなりの技量のある人が開発に関わっている。中にはプロ棋士が開発に関わっているソフトもある。棋士・飯田弘之(現在は大学教授のためほとんど将棋の方はなかば休業中のようだ)が開発指導をした将棋ソフトTACOSがプロ棋士橋本崇載(当時5段)に善戦したとき(2005年9月)にはあまり驚かかった。なぜなら棋士・飯田弘之が棋士・橋本崇載と戦えばどちらが勝つか分からない。事前に相手の弱点を研究してソフトに対応策を入れてあったかもしれない。
 1997年5月にチェスコンピュータ「ディープブルー」がチェスの世界チャンピオンであったガリル・カスパロフを2勝1敗3分で勝ったとき、「人工知能が人間に勝利した日」とセンセーショナルに報道された。
カスパロフは22歳で世界チャンピオンになり、その後長らくその座を守り通した人間で、歴史上、最強のチェスプレイヤーという名声を得ていた人物だ。かたやディープブルーは、32プロセッサ・ノードを持つIBMのワークステーション、RS/6000SPにチェス専用のVSLIプロセッサを512個搭載したチェス専用コンピュータである。IBMが大学の研究を引き継ぎ、1982年から開発を続けていたものだ。プログラムはC言語で記述され、OSはIBMのUNIXであるAIXが採用された。開発を担当したのはIBMの基礎技術研究所であるワトソン・リサーチ。開発チームは6名で構成され、そのなかにはグランドマスターであり、元全米チェスチャンピオンであったジョエル・ベンジャミンも含まれていた。グランドマスターとは、世界チェス連盟(FIDE)が認定するチェスプレイヤーの最高位をいう。

こうしたコンピュータ開発の試みは、当時は人工知能への挑戦として位置づけられていた。しかしディープブルーを見るかぎり、開発段階で目的は変容していたように思う。たとえばC言語は数値計算が得意で高速なプログラムを作ることはできるが、記号処理や論理思考の記述には適さない言語だ。つまり、処理能力において質よりも量を求めたのであろう。人間的な思考を真似るアルゴリズムを追求するのではなく、人間には真似できない計算能力で対抗しようとしたものだ。

 ボナンザは人間ではとても考えられない「しらみつぶし」(つまり全幅検索)を採用している。その手法を採用したのはディープブルーからヒントを得たものだ。コンピュータは疲れを知らないのでばかばかしいような手でも読める。 将棋5級の人が作った将棋ソフトがプロに勝つことがあれば、それはすごいことだと思う。しかしそれで人工知能ができたと早合点してはいけない。人間の思考を真似て人間並みの結果を出すアルゴリズムの開発は夢のまた夢だと思う。
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by takaminumablog | 2007-10-12 14:07 | 読書日記(その他の科学) | Comments(0)

知能とは?

村上宣寛2007「IQってホントとは何だ?-知能をめぐる神話と真実」日経BP社
先日のブログで、なにげなく「知能レベルの低さ・・・」と書いた。書いてしまってから「知能」とは何か、ということが気になりだした。そんな折、「心理テストはウソでした」の著者によるこの本が目に留まった。
知能とは何かについて心理学者たちが100年間も議論しているのにいまだになんだか分かっていないそうだ。そして知能の定義のトドメとしてボーリングという学者による次の定義が紹介してある。
「知能とは知能テストが測ったものである」
誤解のないようにこの紹介に続いて書かれている部分を引用しておく。
知識のない人は誤解してしまうだろう。ボーリングは決して人を馬鹿にしたのではない。当時の物理学の最新の思想を心理学に持ち込んだだけである。
その頃、物理学では相対性理論や量子論が発展し、物理学の基本概念(長さ、時間などの概念)が混乱していた。そこで物理学者のブリッジマン(Bridgeman,P.W.,1882-1961)は操作主義を提案し、「概念はそれに対応する一組の操作と同義である」と主張した。つまり、「長さとは何か」を議論するのではなく、ある特定の物差しを当てて測る手続きを記述して、定義に置き換えた。ボーリングはこの操作主義を知能の定義として使ったわけだ。
物差しなら、長さを正しく測るだろうし、物差しの当て方や使い方を、長さの定義にしてもよい。しかし知能テストは、ちょっと問題がある。そもそも知能テストが知能を正しく測れているか、何の保証もない。けれども、研究者が主観的に頭のよさを判断基準は研究者ごとに異なってしまう。つまり、科学的研究は不可能である。知能の研究をするためには、なんらかの手段で知能を客観的に数値化し、それを基に研究を進めるほかない。
知能テストは知能を正しく測っているかというと、もちろん、知能の一部しか測っていない。それでも知能テストを使わないと、客観的指標がないので、知能の研究はできない。ボーリングの定義は研究を進める上で、ある程度やむをえない内容である。したがって、この定義を笑うことは容易だが、ことはそう簡単ではないのである。

「笑うな」といわれても笑わずにはいられない。この本には楽しい話題で満ち溢れているが、引用しだしたらきりがないのでやめておく。最後にあとがきの中の一節を引用する。
心理学は気象学のような複雑系のサイエンスだと言えばわかりやすいだろう。天気予報を例に挙げてみよう。雲の種類や流れを観察して天気を予測する観天望気という方法があった。ある程度習熟すれば数時間先までは予測できるが、少し違った土地に行くと、まったく通用しない。気流の流れが違うからである。現在、気象庁は数え切れないほどの観測データを基に、スーパーコンピュータを駆使して、大気の流れを記述し、数日から数週間先までシミュレーションする。素人でもパソコンや携帯電話で衛星画像や天気図を取得すれば、数日先までは確実に予測できる。勘に頼る時代は終わったのである。

チョット待ってほしい。心理学の先生は天気予報については無知のようだ。数日先の天気が確実に予測できるわけがないでしょう。翌日の降水の有無でさえ80数パーセントくらいしか当たらない。週間天気予報の降水の有無の予報精度は60数パーセントに過ぎない。詳しくはこちらを参照。天気予報についてはともかく、頭の良さについての次の記述はもっともだ。
人生に熟達した人は、「頭の良さ」について,一家言があるだろう。人生の知恵が散りばめられているかもしれない。それは悪いことではない。誰でも発言する権利はある。しかし、それは観天望気で天気を予測するようなものだ。ある特定の個人にはある人生経験が真実かもしれないが、他の人にとってはそうではない。単なる思い込みやドグマにすぎないことも多い。「頭の良さ」(=「知能」)について、正確な知識がなければ正しい議論は期待できない。

著者のいうように人間の心理が複雑系のサイエンスだとすれば、スーパーコンピュータを駆使しても数日先のことは当たらないと考えたほうがよさそうだ。
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by takaminumablog | 2007-10-09 08:49 | 読書日記(その他の科学) | Comments(0)