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ICTに関心のある人向けのブログ

ICTに関心のある人にぜひお勧めしたいのは池田信男ブログだ。マスメディアの流すバイアスのかかった情報や既成概念に挑戦する議論に満ち溢れている。このブログの過去の記事をまとめた次の本が出版された。過去の記事を読んでいない人はもちろん、読んだ人にも論点が整理されていて主張がよく理解できる。
池田信男2007『ウェブは資本主義を超えるー「池田信男ブログ」集成』日経BP社

著者が指摘している数ある問題の中から、地球温暖化予測について私の感想を書きたい。今年はじめにPCC第四次レポートの政策決定者向けのサマリー(たった18ページ)が発表された。この発表の後、日本のマスメディアがこぞって「大変なことになる」と報道した。しかしこのレポートの内容はIPCCの第3次レポートとほぼ同じ内容で、温暖化の予測もほとんど変わらない。あえて言えば「温暖化が人間の活動によるものである」ということに対する確信が強まっている。(微妙な数値の変更はほとんど意味がない)その報道に対する批評が池田信男ブログに載っている。(ほぼ同じ趣旨の説明は上記著書のp.55~p.58にもある) その後も日本のマスメディアは「最大6.4℃上昇」を枕詞のように用いている。マスメディアの記者たちはIPCCのレポートを読んでいないのか理解していないという指摘は正しそうだ。
  ついでに補足するとIPCCの予測というのは、いくつかの二酸化炭素排出シナリオを仮定し、その場合の温暖化を予測したものである。「あらかじめ設定したシナリオのうち最大になる場合のシナリオでは6.4℃上昇する」というのを「最大6.4℃」と省略するのはいかがなものか。(「シナリオに用いられて仮定には不自然なものがある」という批判もあるが、シナリオをレポートのたびに変更できないのでやむをえないかもしれない)しかし二酸化炭素排出シナリオは人間の行動によって決まるもので、シナリオどおりになるという保証はどこにもない。たとえば何らかの原因(たとえば巨大火山の噴火)で一時的な寒冷化が起これば人々は地球温暖化問題など忘れてしい、どんどん二酸化炭素を排出するであろう。一方一時的にせよ厳しい温暖化が起これば二酸化炭素排出削減が進むであろう。要するに温暖化予測は正しかったかどうか検証のしようのないものである。
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by takaminumablog | 2007-06-26 11:12 | 読書日記(環境問題) | Comments(0)

割り箸はもったいない?

田中敦夫2007「割り箸はもったいない?-食卓からみた森林問題」ちくま新書
この本の書評はこちらを参照。
私は「環境問題についてメディアで報道されることを素直に信じてはいけない」と思っている。この本を読んでそのことを再確認した。環境問題を専門にする学者も間違うことがある。(時には故意に。通常、自然科学者は政治的価値観から中立を守るが、なぜか環境学者は「環境危機を煽らねばならない」という価値観をもっているようだ。) 著名な環境学者安井至のこちらの記事も誤解を招きやすい内容だ。(この記事は「市民のための環境学ガイド」からコピーされたものと記述されている。オリジナルは多少異なるがこちららしい)
一般に「割り箸がもったいない」ことは確かだが「塗箸より環境負荷が低い」とは断言できないだろう。レストランで客が使用した箸を再使用する場合は洗剤と水を大量に使用しなければならない。このことは上記の本にも記述されているし、安井至が自分でリンクしたこちらにも記述されている。中国の割り箸の材料にロシア産木材も利用されだしているらしい(p.94,95)が、安井至のいうような「密輸」だろうか。ファミレスのデニーズでは吉野杉(国産)の背板を中国に輸出し割り箸を作っているそうだ。(p.100~p.103) 安井至は「日本では、割り箸は間伐材からだからかえって環境にやさしいという誤解が蔓延している。決定的な誤解・ウソだ。」「日本人が割り箸を使うとロシアの森林が減っている」と断言しているが、そう単純なものではない。
 話題が飛ぶが日本の林業は壊滅寸前。戦後、過剰に針葉樹を植林した結果「緑の砂漠」(p.176)のようになっている。地球全体で見ると森林は過剰伐採でも日本では事態が逆なのだ。(p.175) 日本では多少コストがかかっても間伐財を利用して林業を再生しなければならない。コストがかかることは嫌いでも、手入れされていない人工林は土砂崩れを起こす。その補修には莫大なコストがかかる。その意味で、われわれは国産の間伐財を使った木製品(例:割り箸)を利用した方がよい。確かに日本の間伐財で作られたものかどうかを判別するには、著者や安井至がいうような認証制度が必要だろう。
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by takaminumablog | 2007-06-22 10:00 | 読書日記(環境問題) | Comments(1)

魚が食べられなくなる?

小松正之2007「これから食えなくなる魚」幻冬社新書
おもしろそうなタイトルに惹かれて読み出した。世界中で魚の消費量が増えているそうだ。さもありなん。先進国ではどこに行っても日本食ブームのようだ。先日「日本が国際市場で水産物を買い負け」というニュースがあったが、無理もないだろう。この本を読み、ノルウェイ産のサケがダイオキシン汚染されていること、日本で魚の養殖に使われているエサはやはりダイオキシンが心配なことなど役立つ(?)知識が得られた。しかし次のような点が気がかりで読書後の、満足感はかなり削減された。
(1)この本には魚種交代があたかも親潮の変動で生じるように書かれている。このように断定的に書かれているものをはじめてみた。おそらく言い過ぎであろう。
(注)魚種交代あるいは大衆魚交代といわれる現象は大衆魚の漁獲量が数十年の幅で大幅に変動する現象。たとえばこちらを参照。大衆魚のエサ(植物プランクトン、動物プランクトン)の競合が関係しているらしいが詳しいメカニズムは分かっていないらしい。
(2)著者は国産水産物にこだわりを持っているようだが、水産物の場合は本来であれば「どこの国」よりも「どの水域」のほうが重要だと思う。同じ水域で取れたものでも日本の漁港に水揚げすれば「国産」になる。著者は別のところでは「日本の漁港は衛生管理が悪い」と批判している。そもそも自由主義経済のもとでは「比較優位の原理」が働くので、比較劣位にある水産業は日本ではやめたほうがよい。保護や規制により比較劣位にある産業を維持するコストは結局国民が支払うことになる。
(注)「比較優位の原理」を説明するWikipediaの最初の文は次の通り。
比較優位(ひかくゆうい)とは自由貿易に関して生まれた考え方で、経済学者デヴィッド・リカードが提唱した。比較優位を持つ(相手より機会費用の少ない)財の生産に特化し、相手の財を輸入することでそれぞれより多くの財を消費できるという国際分業の利益を説明する理論。
(3)日本は捕鯨国として大変評判が悪い。著者が言うように多くのクジラの資源は安定しているかもしれないが、いつまでも捕鯨にこだわっていると、政治的にマイナスが大きい。(確かにクジラの刺身、とくに尾の身はおいしいが、あきらめようではないか)日本が捕鯨をやめれば、水産資源保存に関する指導的立場に立てるのでないだろうか?「底引き網を使う国の水産資源に関税をかける」といった強いメッセージを発信することもできるのでは?
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by takaminumablog | 2007-06-19 09:44 | 読書日記(その他の科学) | Comments(0)

地震予知の可能性

日本地震学会地震予知検討委員会2007「地震予知の科学」東京大学出版会
地震予知に関連して、地震学者に不信感を抱いてきたのは私だけではないだろう。この理由は二つあると思う。ひとつは科学的に検証されていない仮説を解説した一般向け図書が多く出版されているからである。お話しとしては面白いので本は売れるが、未検証な予測だから当たるわけがない。読者は何年か後にはだまされたことに気づき不信感を抱く結果となる。(このような本の著者は多くの場合、地震学の本流にいる人ではない。しかし一般人はその区別がつかない。)もうひとつはもっと重大で、地震学者が地震予知の科学的知見を適切に社会に伝えていないからである。多くの場合予知可能性に関して楽観的に伝えすぎてきたからである。
この本は、最近の科学的知見(アスペリティ・モデルの解説など)も取り入れた、地震予知を一般向けに解説した良書である。それを認めたうえで、私の感想を述べてみたい。なお、次の本も併読すると内容が理解しやすい。
川崎一郎2006「スロー地震とはなにかー巨大地震予知の可能性を探る」NHKブックス

(1)地震予知という言葉の使用
この本では地震予知を時間スケールによりつぎのように分類している。(p.24)
長期予知  数百年~数十年
中期予知  数十年~数ヶ月
直前予知  数ヶ月~数時間
長期予知に関して次のように解説されている。
「今後30年以内に、宮城県沖を震源とするマグニチュード7.5程度の地震が発生する確率は、99%です」
という表現になっている。このような予知を、本書では「長期予知」と呼ぶことにする。長期予知は都市計画や建物の耐震化、長期的な地震防災意識の向上に活かされるべきものである。
 この長期評価と呼ばれている地震発生予測は、過去に起きた地震の発生パターンから将来を予測するため、大きな誤差が伴う。ある場所で発生する地震の繰り返し間隔は、沈み込むプレート境界の地質で50年から150年程度、内陸の活断層で起きる地震では500年か2000年以上というように人間の生活サイクルに比べると非常に長い。また発生間隔も30%くらいはばらつく。そのため誤差が非常に大きくなる。
 そのような大きな誤差を伴ったものは地震予知ではないと読者は感じるかもしれないが、将来の地震の予測をしているという意味で地震予知なのである

何とも奇妙な詭弁だ。「長期評価」という分かりやすい言葉があるのにわざわざ「長期予知」と言い換える必要があるのか。地震学者は「プレート境界で起きる地震の長期予知は可能」と言明するであろう。事実可能である。しかし、一般人の中には「長期」という言葉を脱落し「今でも地震予知が可能」と誤解する人がでてくるであろう。うがった見方をすれば、「地震予知がある程度可能と社会に思わせておいたほうが研究費や研究用計測事業に予算がつくから、地震学者は都合がよい」と思っているのではないか。

(2)大規模地震対策特別措置法を見直さなくてもよいのか
この本のコラム「大規模地震対策特別措置法―えっ新幹線は動かないの?」の中に次のような記述がある。
現在の科学的知識のレベルから考えても前兆現象が明確に現れることは完全に保証されていないわけだから、地震予知情報をもとに警戒宣言がでるということを前提とした法律は廃止すべきという意見がある。しかし、この意見は、大震法が地震予知ができるということを前提としているという誤解から生じている。当時も、そして今も、確実に予知できることを前提に大震法を作ったというものではない。東海地震が予知できる可能性がまったくないと考える学者はほとんどいない。少しでも予知できる可能性があるのならば組織的に対応しようという法律なのである。

いまさら「大震法が、地震予知ができるということを前提としているという誤解から生じている」などといわれたら、一般人は「地震学者はうそつきだ」と思うだろう。たしかに地震学者は「100%地震予知できる」とは言わなかったかもしれないが、社会は「予知の可能性が高い」と受け止め、地震学者たちもそれを訂正しなかったのだ。「東海地震の前兆現象と考えられている前兆すべり(プレスリップ)」は検証されたものではないし観測されたこともない」ということが一般に知られるようになったのは、兵庫県南部地震の後、大震法批判論者の指摘があってからではないのか。たとえ「前兆すべり」が観測されたとして何時間後に大地震が発生するといえるのだろうか。現在の大震法に基づく対策では地震発生の予知が数時間の誤差で予知できなければ社会が持たないような内容になっている。ここ10年ほどの科学の進歩(地震の発生過程をプロセスとして検知・観察すること)により予知する可能性がおぼろげながら見えてきたというのが現状ではないだろうか。大震法を廃止とまでは言わないが見直しが必要ではないか。

(3)一般人の求める「地震予知」はまだ不可能
 そもそも地震には次の2種類がある。
・プレートの沈み込みによってプレート境界で発生する地震
・大陸プレートの内部で発生する地震
 最初の地震については本書にも解説されているようにかなり科学的知見が蓄積されてきた。そろそろ「中期予知」も可能になるかもしれない。ひょっとしたら大きな時間誤差を伴うかもしれないが「直前予知」もできるかもしれない。しかし大陸プレートの内部で発生する地震(内陸の活断層上で起こる地震)は発生間隔が長く「長期予知」でさえ発生間隔(500年~2000年)の30%もばらつく。しかし内陸の地震が都市で発生すると、いわゆる直下型地震となり大きな被害が発生する。全体としてみると地震予知できないと考えたほうがよい。最近著しい進歩があったとはいえ、地震予知はまだ研究段階なのだ。
 話は変わるが最近「緊急地震速報」というのが話題になっている。これは地震発生地点の近くでP波(初期微動)を捕らえそれから地震の規模を予測し電気通信手段で離れた場所に地震発生警報を出すものだ。その原理は素人でも分かる内容であり、「前兆すべり」観測などよりはるかに優先度が高いものだったが、やっと実現した。このような取り組みがなされたのも地震予知は当面期待できない、大規模な災害を回避するにはこれしかないということが認識されたからだろう。地震予知も大切だが予知できない場合の対策はもっと重要だ。

<追記>「スロー地震とは何か」に震源地から400kmも離れたメキシコ・シティの軟弱地盤に建てられたビルが崩壊した事例に関連し、次の記述がある。「日本は、今や超高層ビルの建設ラッシュである。1968年に日本で最初に建てられた超高層ビル、霞ヶ関ビル(東京都千代田区霞ヶ関)の高さは地上156mである。2004年現在、東京23区内で、霞ヶ関ビルより高いビルは46棟、そのうち14棟は200mを超える。大阪市内では、15棟、名古屋市内では3棟である。しかし耐震設計は5秒から10秒の長周期時地振動が5分も続くことなど想定していない。もちろん超高層ビルは安全を見越してかなり強く作られているので倒壊してしまうような極端なリスクは小さいであろう。しかしながら想定外の継続時間の長周期時地振動のため、高層ビル内のライフラインなどが破壊され、居住が長期間不可能になるような可能性が考えられる。」p.210
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by takaminumablog | 2007-06-04 14:30 | 読書日記(その他の科学) | Comments(1)