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新聞紙は環境に悪い

私の生活や身の回りを見渡してみて、一番環境に悪いのは何と言っても新聞紙だ。確かにリサイクルしてはいるが、新聞紙を再び紙に戻すには高熱で溶かさなければならない。環境保護派の人々は些細な無駄も問題にするが、なぜか「新聞紙は無駄」という環境保護派の主張に出会ったことがない。どこかの県では「白い紙紐で縛って出してください」と言っているらしいが、そんな暇があったら新聞削減運動をしたほうがよい。
 以下の本は、環境問題を扱ったものではないが、新聞の過剰印刷がいかに無駄かの記述がある。
河内孝2007「新聞社 破綻したビジネスモデル」新潮新書
朝、夕刊を一部と数えても毎日5000万部以上も印刷され、何千台(朝日だけで一日1600台)ものトラックで全国の販売店に送られる新聞。少なくてもその10%前後が配達されないまま残り紙として廃棄されている疑いが極めて強いのです。先にふれた日販協会長の77年新聞協会申し入れでは「年間17.9万トン、207億円に相当する新聞用紙を無駄に消費」と書かれていました。
増ページ競争が続いた結果、現在の日刊紙のページ数は当時よりさらに10ページは増えています。370万トンの10%としても37万トン。
中略
森林伐採と地球環境を考える学者や専門家がつくるNGO『熱帯林行動ネットワーク』(JTAN)によると03年に紙生産のために消費されたパルプ材(古紙以外の紙の原料)の量は1874万トン。うち製材残材と古材を除いた天然林材と、植林から取れた人工林材の総計派1405万トン、体積にすると約2600万㎥だそうです。
樹木の大きさは様々なので、何本分に当たるか、正確に計算することは難しい。しかし日本で平均的な大きさの杉(直径22センチ、高さ18メートル、体積0.23㎥で計算してみると一年間で1億1000万本となります。
紙生産の中で新聞紙が占める割合は20%ほどだから、単純に計算すると2200万本。その10%は220万本という数字がでます。
   p.96~p.99

実は、私は「朗報だ。新聞社が破綻!」と思い読み出した。しかしよく読むとまず破綻するのは毎日あたりらしい。3紙のうちのひとつが破綻すれば、一時的にせよ他社が得をするだろう。私としては確信犯的誤報を流す朝日新聞が破綻してほしいと思うのだが。
朝日新聞を購読している方はぜひネットですませ、有料購読をやめてください。
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by takaminumablog | 2007-03-30 09:11 | 読書日記(環境問題) | Comments(3)

治安悪化神話を作ったのは誰か

浜井浩一、芹沢一也2007 “犯罪不安社会―誰もが「不審者」?” 光文社新書
治安悪化が深刻な状態になっているのは「常識」になっているようだ。しかし、これはメディアが作り出した嘘。この本の第一章にそのことが詳しく書かれている。「犯罪は増えていてもそれが認知されないだけではないか」という反論もあるかもしれない。たしかに、警察がつくる統計では警察の定義により統計値が変化するがしかし人口動態統計の「加害にもとづく傷害、死亡人員の推移」をみても近年凶悪事件が増えたということはない。 さらに「非行の低年齢化」が話題になるが、これも嘘。少年犯罪はむしろ高年齢化しているというのが事実である。暴走族の中に成人が占める割合も増加している。

 実は私もこの本を読むまで次のことを信じていた。
刑事司法関係者を含めて多くの人が誤解しているのが、無期懲役者の多くが15年程度で仮釈放になるという根拠のない噂である。これは『犯罪白書』を読めば誰でもわかる事実であるにもかかわらず、元裁判官や元検事を含む多くのコメンテーターと言われる人たちが「無期刑といえども15年程度で仮釈放になる」と発言するのを聞くことがある
  p.227
私のその発言を聞いた一人だ。
2005年の仮釈放数は3人で、3人の平均在所期間は20年を超えている。同年の新確定無期懲役受刑者は130人を越える。実務的には、人が死亡した事件で無期刑の仮釈放は、よほどの事情がない限り認められていない。つまり無期刑は運用上、終身刑化しているのが現実である。
p.227~p.228
要するに治安悪化に関してマスメディアが流す情報(?)は嘘だらけ。
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by takaminumablog | 2007-03-23 14:15 | その他の読書日記 | Comments(2)

篠田謙一2007 「日本人になった先祖たち」 NHKブック

伊吹文明文部科学相が2月25日、長崎県長与町で行われた自民党の支部大会で「日本は大和民族が歴史的に統治してきた。日本は極めて同質的な国」などと発言したらしい。(確認していないので、細部は不明) 以前中曽根首相が「日本人は単一民族」と発言して物議をかもしたことがあった。(1986年のことだったらしい) 政治家がこのような発言をすることの是非はさておき、多くの人が「日本人は一部の例外はあるものの概ね単一民族である」と認識しているのではなかろうか。 もう少し雑学に通じた人は「日本人の二重構造」という話を知っているかもしれない。
そして現在では埴原和郎によって提唱された、旧石器時代人につながる東南アジア系の縄文人が居住していた日本列島に、東北アジア系の弥生人が流入して徐々に混血して現在にいたっているという「二重構造論」が主流の学説となっています。
p.157
国立科学博物館のウェブサイトにもその解説がある。 私もこの本を読むまで二重構造説を信じてきた。 しかし、今世紀に入ってからの最新の知見を解説したこの本によると、「二重構造」というのは単純化しすぎのようだ。ミトコンドリアDNAが教えるところによると、アジア各地を起源とする色々な人種(?)が複雑に混血しているようだ。楽しく読んだが、あまりに複雑すぎて頭に入らない。でも 「北海道縄文人がアメリカ先住民とつながる」なんてわくわくする。母親からのみ伝えられるミトコンドリアによる結論だけではなく、父親から男子に継承されるY染色体を用いた研究(まだサンプル数はすくない)でも多重性を示す結果が得られている。
この本を読めば日本人をその血によって定義づけることなど不可能だと言うことがよく分かる。自民党のおじいさんたちも日本民族などというくだらない考えは捨てて、「日本人とは日本と日本語が好きな人々」と考え直してもらいたい。
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by takaminumablog | 2007-03-09 15:50 | 読書日記(その他の科学) | Comments(0)

梓沢和幸 2007 「報道被害」 岩波新書

報道被害救済弁護士ネットワークLamvic (Lawyers network for “Media VICtims” damaged by news coverage)という活動( こちらを参照)をしている弁護士による報道被害の実態と対策について解説した本である。常日頃マスメディアによる「報道の横暴」に怒りを感じていたが、この本により再確認することになった。対策も書てはあるが、結論をいうと、個人が報道被害にあったときには、上記のLambicに相談するか、あるいは「放送倫理・番組向上機構(BPO)」内の「放送と人権等権利に関する委員会(BRC)」に相談するくらいだ。マスメディア規制が提唱されているかと思って読み進めたが期待はずれだった。
著者の考え方とは異なるが、私は「報道被害」とのバランスでいうと『マス』メディアによる「報道の自由」は規制されるべきだと考えている。「取材源を公開できない記事は記者の署名がなければならない」いうような規制を導入すべきだと思う。また司法が特定の記者にだけ情報をもらし世論操作することは断じて許してはならない。(とくに地検特捜部による世論操作は目に余る) 
著者は「なぜ報道被害があいつぐのか」の回答として「メディアの取材が厳しい競争のもとに行われていることです」p168と競争を第一に挙げているが本当だろうか。新聞の記事をみて、とる新聞をかえる人が多いとも思えない。もし新聞の再販制度を廃止して、かつ販売店の系列化がなくなれば一ヶ月ごとにでも新聞を変えられる様になる。規制に守られた放送もチャネル数がすくないため似たようなものだ。たしかに内輪の中での競争はあるだろうが、よそ者を排除し、異なった視点で考える人を排除した結果「報道被害」が起こっているのではないだろうか。
「マス」メディア規制が導入され現在の大手日刊紙が20~30くらいに解体され経済面はA紙、社会面はB紙、家庭面はC紙とくみあわせて購読する時代になってほしいものだ。ただしそのときは新聞の宅配制度は崩壊していると思うが。インターネットが普及した今日、案外その時期は近いかもしれない。
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by takaminumablog | 2007-03-03 14:41 | その他の読書日記 | Comments(0)