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原子力発電―6

石川迪夫2005「原子力への目」(社)日本電気協会新聞(エネルギー新書)からの引用
とある若い原子力関係者の勉強会のことだ。総合エネルギー調査会原子力部会が発表した、低レベル放射性廃棄物の処分費用についての資料を検討したときのことだ。六ヶ所村での処分費用が、何と一立方メートル当たり270万円かかるという。英国(20万円)の12倍強、仏(34万円)の8倍である。 -中略- 一体全体、何がこのような日英格差を作っているのか。その一つが規制の差である。日本は埋没後の線量限度である年0.01ミリシーベルト(単位は以下省略)で規制しているのに対し、英国では0.5と50倍も高い数値を採用している。
 放射性廃棄物の処分後の環境影響については、0.1から0.01の範囲にとどめようというのが国際原子力機関(IAEA)が定めた世界的合意だ。日本はその最低の値を規制に採用した。一方英国は、百年間の管理機関を経た後に国際的な合意範囲0.1に収まるよう0.5を選んだ。
 ちなみにこの規制値、米仏が0.25、スウェーデン1.0、スイス0.1と欧米諸国は少なくとも日本の10倍以上である。

「新原子炉お節介学入門」より
青森で、低レベルの廃棄物の処分場を訪問したことがある。丈夫なドラム缶に密閉されプレハブ物置程度の大きなコンクリート造りの棺桶状のものが半地下状態の地面に並んでいた。そこまでの防護処置で、既に自然放射線のレベルに下がっていた。それで処分のための工事は終わりかと思ったら、ずらり並んだ「カンオケ」の群の上にさらに数メートルの土をかぶせるということであった。現場の作業員の一人は、こんな無駄なこと、やる必要があるんでしょうか、と怒っていた。産業の活性化、雇用の促進策という工事であっても、一番その恩恵を受けている人までが疑問に思うようなことはあまり強行しない方がよいのではなかいか。
 一生懸命努力してやっていますから安心してください、と言わなければならない立場の人が、いや危ない、もっと対策を講じないと危ない、という方向に引っ張っているからいつまで経っても解決せず、道が開けることはない。上述の土木関係の作業員だけでなく、専門家として青森で処分の仕事をしている人さえも、そっと私に近づいて「こんなにまでしないといけないのですかね」と小声で話された。
一般に現在の原子力発電の弱点は廃棄物処理だといわれる。不必要な規制が放射性廃棄物処理をさらに難しくしているようだ。
(注)私たちは太陽と地球のお世話になる限り低レベルの放射線から逃れることはできない。日本人の場合年間0.6ミリシーベルトの放射線にさらされている。250ミリシーベルト以上を短時間に受けると健康に影響がではじめるるそうだ。
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by takaminumablog | 2006-05-23 16:25 | 読書日記(環境問題) | Comments(0)

原子力発電-5

近所の図書館で次の本を見つけた。
柴田俊一2005「新原子炉お節介学入門」一宮事務所
原子炉の設計や運転に携わる人向けの専門書だが、いきなり次の文に接して読んでみる気になった。
定年退官後何ヶ月も経たないうちに、念を入れて注意しておいたのに、重水の少量の漏れが起き、うろたえて大騒ぎになった。ひそかに文部省から連絡があって、相談に行った。もう寿命だという意見が出てますがどうでしょうか、ということであった。科学技術庁には詳しく話をしていたが、技術的なことは文部省にはあまり話していなかった。あれくらいのことは毎月一回くらいの割合で経験しています。新しいお母さんが来て、子どもの寝小便に大病院に連れて行って大騒ぎしているようなもので、「寿命」などとんでもない話です、と結び、ただ経験のない者がお守りするには前より経費がかかると思いますから、ご配慮を、とお願いしておいた。

大学に設置された小規模の実験用原子炉で発電を行う大規模な動力炉とは異なる、とはいえ原子炉のトラブルを寝小便に例えたのには笑ってしまった。難しいながらも読み進むといろいろなことが分った。
わが国の原子力に関する安全規制は諸外国と比較し極めて厳しい。厳しいから安全になっているかといえば、そうではないらしい。杓子定規な規制はかえって気の緩みを生み危険らしい。
「安全」のためならお金はいくら使ってもよいという意見があるが、そのお金は自分が出すお金のことではない。余計なところに使うお金を安全に回せ、という意味にとるべきである。
十年ほど前までは筆者自身、この優先順位の考え方で仕事をしてきた。これでほぼ事が足りた。ところが、最近は少し様変わりになってきた。何かもう一つ別の安全性が頭をもたげてきた。国民一般の安全とは異質のものだ。例え話をする方が分かりやすい。冷却水配管にピンホール(ごく小さな孔)があいた。応急処置としてガムテープで塞ぐ。孔が非常に小さいときは、100気圧以上の水でも止まる。これは違法でも規則違反でもない応急処置である。しかし長持ちしないからちょっと溶接しようとするとこれは違反になる。「溶接」には事前に手続きがいる。また細かい規定もある。この手続きの「違反」が安全にかかわる、として新聞に大きく報道されたことがある。安全のためには処置をしておいて処置をしておいて後で手続きをし、検査する方がよい場合もあろう。どのような手順が適当か、世間の常識とは少し違った論理がまかり通っているように思えるのだが。

ついでながら京都大学実験原子炉の職員の中には原子力発電反対の活動家が多数いるらしい。たとえばこのサイトを参照。長期にわたり教授であり所長を務めた著者によればそのような人たちも当の実験原子炉の安全運転には手を抜くことはないようなので安心してよい。
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by takaminumablog | 2006-05-22 09:06 | 読書日記(環境問題) | Comments(0)

庶民はリスクをどう考えるか

スティーヴン・D・レビット、スティーヴン・J・タブナー著 望月衛訳「やばい経済学」東洋経済新報社
評判になるだけあって、タイトルは品がないがなかなか面白い本だ。このなかに子どもを持つ親が何を怖がるかに関するつぎのような記述がある。
データを見ると、ご両親の選択はぜんぜんただしくない。アメリでは、1年間に家のプール1万1000個あたり子どもが一人溺れている(この国にはプールが600万個もあり、10歳未満の子どもが毎年550人溺れている)。一方銃のほうは、100万丁あたり一人の子どもが死んでいる(銃は2億丁あると推定されていて、毎年銃で死ぬ10歳未満の子どもはだいたい175人だ)。プールで死ぬ可能性(1万1千個あたり一人)と銃で死ぬ可能性(100万強あたり1人)では比較にもならない。

人が怖がるリスク要因と人を殺すリスク要因は別なのだそうだ。著者は続けて次のようなことを述べている。人は自分でコントロールできないことを怖がる。食中毒を起こさないように自分で気をつけることはできるがBSEの場合コントロールできないような気がするので怖い。また人は差し迫ったことには恐怖を感じるが、心臓病のようにずっとあとで起こることは怖がらない。
 わが国のマスメディアは本当のリスクを無視して庶民の恐怖を煽り読者や視聴者を増やそうとしていると不満に感じていた。しかしこれはわが国に限ったことではないようだ。
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by takaminumablog | 2006-05-19 14:46 | 読書日記(環境問題) | Comments(0)

温暖化予測に関する素人の疑問

茅陽一2006「環境・エネルギー・そして旅」(社)日本電気協会新聞
私はかねてから、地球温暖化予測に関して疑問に思っていたことがあった。温暖化予測に関する本のなかではあまり問題視されていないようなので、素人の疑問にすぎないのかと思っていた。しかしこの本を読んで、著者も疑問に思っていることが分かり安心した。なお著者は温暖化予測が専門ではないが、環境・エネルギーで著名な学者である。
以下は近藤洋輝2004「地球温暖化予測がわかる本」成山堂書店から気候感度に関する記述部分を引用した。
大気・海洋結合モデルの主要な特性として、気候感度とよばれるものがあり、モデルを比較する際にも一つの基準として一般に用いられている。それは、温室効果気体を二酸化炭素で代表させるという観点から、二酸化炭素を2倍にした場合に、気候が長期間の変化で平衡に達するまでモデルを走らせる(これを、二酸化炭素倍増実験と称する)。そして得られる全球平均の地上温度変化をそのモデルの気候感度という。-中略-
 気候変化に関する研究では、これまで1.5~4.5℃が、気候感度の妥当な幅と今日まで広く理解されている

なぜこんなに幅があるのか、そんなにいい加減なものかと不思議だったが、茅陽一も「気候感度」という記事の中で幅を縮小すべきではないかと述べている。
 この本には、他にも“IPCCは続けるべきか”、“世代間のリーケージ”、“「がまん」はやめよう”、“太陽光と風力の幻想”など温暖化阻止運動をしている人が腰を抜かしそうな記述があり面白い。著者が主張する「二酸化炭素の地中貯留」についてもっと知りたくなった。
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by takaminumablog | 2006-05-15 13:53 | 読書日記(環境問題) | Comments(0)

原子力発電-4

怖いもの見たさで次の本を読んでみた。
高田純2002「世界の放射線被曝地調査―自ら測定した渾身のレポート」講談社
つぎの世界6箇所の放射線被曝地調査報告がわかりやすく書かれている。
 マヤーク・プルトニウム製造企業体周辺
 旧ソ連邦での核兵器実験
 南太平洋における米国の水爆実験
 シベリアにおける核爆発の産業利用
 チェルノブイリ事故
 東海村臨界事故
この本を読むまで知らなかったが、世界には多数の被曝事故があったのだ。事故と事故にいたる経緯は怖いが、被曝地が現在は案外回復しているのにはほっとした。この本を読み進むと役に立つ知識も得られる。広島、長崎でも被曝2世への遺伝的影響はでていないことも初めて知った。(先日読んだ岩波ジュニア新書「新版原発を考える50話」に「生殖細胞の突然変異は子どもに受けつがれて、やはりがんなどを発病させる要因となります」とあたかも被曝2世にもがんが発病するように書かれていたが、人では確認されていないらしい)この本の終章は「家族のための放射線防護―緊急時にあなたができる放射線防護」となっていて万一事故のニュースに接したら何をしなければならないか良く分かる。「昆布を食べる」「家の中とくに1階に居る」「換気口を閉じる」「水道水の汚染に気をつける」など実用的な注意事項が述べられている。ところで、これらことはわが国の原子力関連施設近辺の住民に周知されているのだろうか。
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by takaminumablog | 2006-05-12 11:29 | 読書日記(環境問題) | Comments(0)

原子力発電―3

「原子力発電はどのくらい危ないだろう」という問いに答えてくれる面白いサイトがあった。このサイトは原子力発電が際立って危険ではないことを説明しようとして、原子力発電所の大事故に遭遇しても自動車事故や1988年のインフルエンザ流行よりも寿命の損失は小さいことを示している。
しかし一般の人には、損失寿命や過剰死亡確率というリスクの考え方は受け入れられていないようだ。自動車事故は大ニュースにはならないが原子力発電所の事故は大ニュースになる。
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by takaminumablog | 2006-05-10 13:33 | 読書日記(環境問題) | Comments(0)

原子力発電―2

「原子力報道を考える会」というのを作って、公平な報道を推進する運動をしている著者によるつぎの本を読んでみた。
中村政雄2006「原子力と環境」中公新書ラクレ
同じ著者が何を言っているのか知るために次の本も読んでみた。
中村政雄2005「原子力と報道」中公新書ラクレ
「原子力と環境」の第1章は環境保護や反原発でグリーンピースへの攻撃から始まる。著者は「地球温暖化防止には原子力発電も仕方がない」と言いたいのだろうが、その根拠を説明する前に他者を非難するというのはいかがなものか。一般の人が期待している再生可能エネルギーに関する記述は申し訳程度しかない。温暖化に関しては、驚くほど大雑把な記述があるのも気がかりだ。
地球温暖化による気温上昇は、今後100年間に平均で2度前後と予想されている。温暖化は100年で終わるわけではない。南極と北極の気温は平均値の4倍くらい上がるから、200年後に平均で4度上昇すれば10数度の気温上昇となって南極の氷は一部溶け出すだろう。全部溶ければ海面は60メートルくらい上昇するそうだから、いずれ東京もニューヨークも海に沈んでしまう

「100年で2度上昇」というのはどんな排出シナリオの場合か気がかりだが、200年でその2倍という計算はめちゃくちゃだ。(1000年たてば20度上がるのかな?)著者は別のところでも南極の氷が溶けて海面上昇が起こると書いている。(現在の海面上昇は海水の熱膨張、高山のアイスキャップ、山岳氷河の融解、グリーンランドの氷河の融解などで起きている。南極でも氷河末端の崩壊が起こっているが気温が上昇すると雪の降る量も増えるので評価は難しい)
著者は「ヨーロッパが二酸化炭素削減に熱心なのは、環境保護に熱心だから」と考えているらしい記述をしている。しかし冷戦の終結という要因を忘れてはいけない。ヨーロッパは石炭をロシアの天然ガスに切り替えるめどが付いたのを契機に二酸化炭素削減を世界に向かって主張しだした。(そのため今年1月のロシアがウクライナへの天然ガスの供給停止事件はヨーロッパを震撼させた)
著者は「原子力と報道」のなかで「知識や取材の不足が欠陥記事をつくる」と述べている。しかし環境問題に関してはその言葉を著者にさしあげたい。
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by takaminumablog | 2006-05-09 15:51 | 読書日記(環境問題) | Comments(0)

原子力発電―1

原子力発電のことが気になりだしたので本を読んだり、ウェブサイトを見たりしだした。そこで感じたことを何回かにわたって書いてみたい。私は専門家ではないし、事前に原発反対でも賛成でもない。本を読んだりするうちに考え方に変化が生じて前と異なる事を言い出すかもしれない。
まず手にしたのはつぎの本。西尾獏2006「新版原発を考える50話」岩波ジュニア新書
著者は反原発新聞の編集者らしいがジュニア新書だったら分かりやすいに違いないと読み始めた。原発の危険性や核燃料リサイクルに関する記述は分かりやすく、感心しながら読み進めた。しかし後半に進むにしたがい非科学的なレトリックが目に付くようになった。42話「おばけにあいあたい」では停電を礼賛する。44話「電気をすてる発電所」では揚水発電所は電気で揚水するから電気を捨てている。けしからんという。(注:揚水発電所とは、水力発電タイプの一つ。発電所の上部と下部にダムを造り、電力需要の少ない深夜に原子力・火力発電所などで起こした電気を利用して下部ダムの水を汲み上げ、昼間など電気消費量の多い時は、上部ダムの水を落として水車をまわし発電する、システム。)47話「水や光や風のエネルギー」には原子力エネルギーがバイオマスで代替できるかのように書かれている。こんなでたらめな記述を読まされたジュニアはかわいそうだ。49話「脱原発vs.原発ルネサンス」でも世界は脱原発に向かっているかのような記述になっているが、本当だろうか。「二酸化炭素排出削減には原子力発電推進もやむをえない」と考える意見が徐々に増加しているのではないか。
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by takaminumablog | 2006-05-08 14:37 | 読書日記(環境問題) | Comments(0)