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既存のテレビを粗大ごみにする地上波デジタル

情報通信に関するわが国の政策はあまりにも無駄が多い。マスメディアには情報通信に関する情報があふれているが、無駄な政策を批判するものはほとんどない。技術的な背景を良く知っている業界人は、自社の製品・サービスの販売につながるときは大声で宣伝するが、無駄な政策に関しては、通常だんまりを決め込んでいる。本来マスメディアが発言しなければならないが、日本では新聞・テレビで系列化しているため、情報通信政策に関しては改革を嫌う抵抗勢力となっている。
総務省が打ち出した2011年にアナログ放送廃止計画は、言い換えれば「2011年既存テレビ粗大ごみ化計画」である。マスメディアにはこんなばかげた計画にさえも批判的な記事は掲載されない。ちなみに既存テレビの数は一億台である。ペットボトルのリサイクル、ウォームビズなど些細なことを言う前に粗大ごみを減らすことを考えるべきだ。
粗大ごみがあふれることを嫌いな方と情報通信政策に興味のある方は次の本を読んでほしい。
池田信夫2006「電波利権」新潮新書
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by takaminumablog | 2006-02-14 14:46 | その他の読書日記 | Comments(0)

自由意志は存在するか

多くの西欧の人にとっては「自由意志の存在」は極めて重要らしい。中には全知全能の神の存在を信じているのに、自由意志も存在も信じている人もいる。この自由意志の存在(あるいは不在)に科学的にせまったベンジャミン・リベットという学者がいる。彼の研究成果は次の文(リタ・カーター著 富士留美訳2003「脳と意識の地形図2」原書房より引用)に要約されている。
リベットがめざしたのは、意識的な行動に至るまでのあいだに、脳で起こる変化のタイミングを正確に突きとめることだった。なかでも決断するときの脳のプロセスと、決断が下されるタイミングの関係を明らかにすることが狙いである。
 実験では、学生の被験者を脳波形につないで、大脳皮質からの信号を拾えるようにしてから、好きなときに単純な手の動きをしてもらった。大事なのは外からのきっかけではなく、あくまで自発的に手を動かすことである。
タイミングを計測する装置は、あっけないくらい簡単だった。脳波のほうはセンサーが厳密な時間を計測してくれる。いっぽう手を動かそうとするタイミングは、学生にストップウォッチのような装置を見せることにした。数字のない時計の文字盤のまわりを、2.5秒で一周という速さで光が走る。学生は文字盤をずっと見ていて、手を動かしたいという意識的な「衝動」や決定が生じたときに知らせれば、千分の一秒単位で時間を計ることができる。
 自発的な行動の0.5秒前に、大脳皮質で準備電位という波のような変化が起こっていることは、それ以前の実験ですでに確かめられていた。熱くなったコンロに触れて、はじかれるように手を遠ざけるといった、ただの反射行為では準備電位は発生しない。ジル・ド・ラ・トゥーレット症候群に見られるチックや汚言も同様で、ほとんど自分の意思に関係なくと患者自身も言っている。リベットは脳波計に工夫を施して、準備電位も正確に感知できるようにした。その結果手を動かすたびに、脳がそのために働いていることがはっきりと予告された。―― 実際に動くより0.5秒前に、神経活動の特徴的な揺らぎが発生したのである。
 もし意志による行動が、脳が行う自動的なプロセスとは別個なものだとしたら、身体を動かす決定は脳の準備電位の直前、あるいは同時になるはずだ。ところがリベットの実験では、学生たち(もちろん準備電位のことは知らない)は例外なく準備電位のあとに手を動かす決定を下しており、何百回と実験を繰り返してもおなじだった。被験者が手を動かそうと思ったり、その衝動を意識したのは、準備電位が記録されてから350~400ミリ秒後だった。実際の動きはそれよりさらに0.2秒遅れて起こる。つまり「決定」は行動の原因ではないのである。

私は、この文を読んでから、「自由意志の存在」は科学的に(あるいは実証的に)否定されたと早とちりしていた。最近リベット自身が自分の研究結果について解説した本が出たので手にとって見た。
ベンジャミン・リベット著 下條伸輔訳2005「マインド・タイムー脳と意識の時間」岩波書店
驚いたことに上のような研究があるにもかかわらず、「自由意志の存在」は科学的には否定も肯定もされていないというのがリベットの主張である。その主張にはなんだか無理があるように感じるが、あまりにも難解な議論で素人には手におえない。
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by takaminumablog | 2006-02-09 14:12 | 読書日記(その他の科学) | Comments(3)