カテゴリ:その他の読書日記( 25 )

日本的経営「三種の神器」は嘘だった

小池和男2009 “日本産業社会の「神話」” 日本経済新聞出版社
「三種の神器」つまり企業別組合、終身雇用、年功制、さらには集団的意思決定が戦後日本の産業の発展を支えたということになっている。しかしこの本を読めばそれは嘘だったということが分かる。
・企業別組合は日本固有のものではなく英国でも事実上企業別組合であった
・年功賃金は日本固有のものではない
・日本の経済発展に政府の果たした役割は小さい
など、日本的経営について巷に言われることはほとんどデタラメだったということが分かる。
かなり前になるが、日本産業社会の「銀行主導型経済発展」の嘘を暴いた本を読んだことがある。
三輪芳郎、J.マークザムライヤー “日本経済論の誤解―「系列」の呪縛からの解放 ”

それにしても日本経済や日本的経営に関してこんなにひどいデタラメがまかり通っているのはなぜだろう。
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by takaminumablog | 2009-05-13 10:14 | その他の読書日記 | Comments(0)

ニコラス・G・カー(村上彩約)2008「クラウド化する世界―ビジネスモデル構築の大転換」翔泳社

昔、IT業界にいた人間が「ITにお金を使うのはもう止めなさい」を書いた著者の本を取り上げるのは多少気が引けるが、評判がよさそうなので、感想を書こう。書評については池田信夫ブログに任せて、読みながら感じたことを書くことにする。
 日本で日本語のウェブサイトだけを見て生活していると、クラウド化がすぐそこに迫っていることには気づきにくい。普通の人は「クラウド」とか「Saas」などと言われても何のことか分からないか、あるいはITベンダーが何か目くらましの概念を持ち出したくらいにしか感じないだろう。しかし英語のサイトを多く見る人なら「クラウド」が多少身近感じられるかもしれない。私が個人的に興味のある画像関係のサイトの例を挙げてみよう。
Photoshop Expressがもっと使いやすくなるとPhotoshopやPhotoshop Elementsは不要になるだろう。
不要なところを削除して必要なところだけを印刷するPrintwhatyoulike
写真をアップするとレトロに加工して卒業アルバムっぽいものを作ってくれる『Yearbook Yourself』
注)後の二つは百式に紹介されているので気づいた。
挙げだしたらきりがないのでこれくらいにしておく。個人が何でも自分のPC内で処理する時代は過ぎ去ろうとしている。そういう時代になればPCのOSはごく簡単なものでよい。無料という観点からすればLinuxも有望。「ネットスケープが普及すれば、ウィンドウズはデバグの不十分なデバイスドライバーになるだろう」とネットスケープの開発者のマーク・アンドリーセンが言ったと伝えられるが、まさにその時代が近づいている。ミスター・ゲイツとともにマイクロソフトの時代は終わったのだ。 表題の本の第4章は「さよならミスター・ゲイツ」で始まる。
 不景気な時代なので家計の無駄を見直すと真っ先に「新聞購読」に気づく。新聞の大部分はインターネットで読める。私も新聞購読をやめたいと考えている。この本にも米国の新聞業界が様変わりしつつあることが紹介されている。
新しい生産と消費の経済が引き起こした緊張感は、音楽から映画に至るまで、さまざまなメディアに表れている。しかし、新聞業界ほどこの緊張感が顕著かつ不安定に現れたメディアはないだろう。ながらく文化の大黒柱だった活字ジャーナリズムは、いま苦しみに満ちた変化の真っただ中にあって、その将来が危ぶまれている。過去20年間で米国の新聞購読者数は急落した。1984年の6千3百万人でピークに達した後、米国の日刊紙の発行部数は年間1パーセントの割で減り続け、2004年には5千5百万部となった。その後の減少傾向は一段と深刻化した。2005年には2パーセント以上、2006年には3パーセント減少した。大手新聞は特に厳しい状況だ。2006年の4月から9月にかけての半年で「マイアミ・ヘラルド」の発行部数は8.8パーセント下落した。同じく「ロスアンゼルス・タイムズ」は8.0パーセント、「ボストン・グローブ」は6.7パーセント、「ニューヨークタイムズ」は3.5パーセント、そして「ワシントンポスト」は3.3パーセントも読者を減らした。1984年には、米国の成人の81パーセントは日刊紙を読んでいた。それが2006年には、わずか50パーセントの人々しか読んでいなかった。読者数の減少は特に若年成人で急激である。18歳から24歳までの日刊紙購読者数は、1970年には73パーセントだったが、2006年にはわずか36パーセントまで落ち込んでだ。

この本の後半9章にインターネットのセキュリティの脅威が語られている。たしかにセキュリティは問題ではあるが、この本はそれを強調しすぎだ、と感じた。なぜなら現在のセキュリティの脅威のかなりの部分は、マイクロソフトのデバグの不十分なOS、ウィンドウズから生じたものだ。今まではユーザは選択肢がないため、機能過剰のOSを購入してきたが、クラウドコンピューティングの時代になってもそれが続くとは思えない。皆が、デバグされつくした古いOSを使う状態ではセキュリティは別の様相を示すだろう。セキュリティの脅威を強調する記述は「さよならミスター・ゲイツ」の記述と矛盾している。
 第10章にはプライバシーの脅威が解説されている。個人の購入を検討した品目、検索した言葉などを分析すれば個人のプライバシーがあからさまになるという例として、AOLが公開した加入者の検索記録から(研究者が)個人が特定できてしまった事例を紹介している。データマイニングと呼ばれるコンピュータによるデータ分析をしたものだ。しかし大局的に見ればこの章の記述は適切とは思えない。著者は二つのことを見逃している。そのひとつはPCユーザも馬鹿ではないということ。一部のユーザは自分の足跡を残すのを嫌って、Cookieを削除している。試しに私のFirefoxのスタート画面(Google)を開き朝日新聞を開きロイターに行っただけで、Googleで二つ、朝日新聞で二つ、ロイターで3つのCookieが作られた。これらを分析すれば私がGoogle、朝日新聞、ロイターと渡り歩いたことが分かる。しかし私はこれらのCookieをFirefox終了時にクリアする設定にしている。つぎにFirefoxを起動するとまた別人としてアクセスすることになる。私の検索履歴を明かそうとしても無駄骨だ。プライバシー問題が皆に認識されるようになると多くの人が同じことをするだろう。ブラウザやセキュリティソフトもその機能を強化するであろう。自分のユーザIDやパスワードを公開して不特定多数に使用を薦めるという手口さえ話題になったこともある。このような個人ユーザからの反撃に会うと、データマイニングは極端に困難になる。さらに重要なことは、だれが何のためにそのような分析を行うかということだ。データマイニングには莫大な費用がかかる。データマイニングにより個人の嗜好を明らかにしたところで、当たり前のことしか分からない(企業の儲けにつながらない)。「テロリストを見つける」といような大義名分でもない限り、個人の検索記録など分析しても費用が嵩むだけでたいした利益は得られない。データマイニングにより埋蔵された宝にありつけるというIT企業の宣伝にだまされてはいけない。
 ついでながら第11章の人工知能やセマンティックウェブに関する記述は読むに値しない。人工知能はコンピュータ技術者の夢であり、その夢を梃子にして新しい技術が生まれてきた。しかし人工知能は依然遠い夢の中にある。ついでながら検索エンジンGoogleもそろそろ限界に近づいている。検索結果にノイズが多すぎるとして嫌われ始めている。検索エンジンGoogleがセマンティックウェブに進化することはないだろう。
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by takaminumablog | 2008-12-28 07:45 | その他の読書日記 | Comments(0)

工藤真由美、八亀裕美2008「複数の日本語―方言からはじめる言語学」講談社新書メチエ

いろいろな国の人に接触すると、「日本人(もちろん私も含む)はどうして英語が習得できないのだろう」と感じることが多い。英会話学校の卒業生が皆英語を話せたら、英語を話す人はもっと多くなるだろう。その理由として、多くの人が「日本語は特別難しい言語」だという言い訳をいう。しかし日本に来た外国人がたやすく日本語を習得しているところを見るとその言い訳は正しくないだろう。私の知っているインド人などは数ヶ月で日本語が完全に話せるようになった。そのインド人に言わせると「インドは多言語国家だから、幼いころから複数の言語を覚えてきた」そうだ。
この本によると、日本語の方言には標準語にはない多様性があるらしい。
「ご専門は何ですか」と聞かれて「言語学です」と答えると、ちょっと困ったような顔をされることが多い。-中略- さらに日本語を専門に扱っているというと、次のような質問を受けることがある。
「日本語って、難しい言語なんですよね」
「日本語はどこから来たのですか」
また、次のように言われることもある。
「日本語って、美しい言語ですよね」
それにどう反応していいか思案していると、
「ほら、敬語とかあるし。色の名前とかたくさんあるし」
などとこちらが首肯するまで何度も詰め寄られて困惑することがある。
 これらの質問に共通しているのは、相手の頭の中にある「言語」「日本語」のイメージが、純粋で静的なものである、という点だ。しかし、ここまでくりかえし述べてきたように、実際には言語はいろいろ混ざっているのが普通だし、日々変化しているものである。だが、ことに日本語の場合、日本=唯一言語・唯一文化国家というイメージがつよい(それはバーチャルな思いにすぎないのだが)。  p.175~p.176

最近方言の復活運動が盛んになっていることは喜ばしい。方言と標準語を使いこなす人は外国語習得能力が高いかもしれない。
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by takaminumablog | 2008-12-15 10:20 | その他の読書日記 | Comments(0)

水村美苗2008「日本語が亡びるとき-英語の世紀の中で」筑摩書房

正直に言って、大変衝撃的な内容の本だと思った。挑発的な内容だといってもよい。自分は知識人だと(密かにでもよい)自負する人は必読の書であろう。- そう思ってネットで検索したら確かに話題になっている。なってはいるが、予想に反して今まで日本語や日本文化について偉そうなことを言ってきた御仁の発言は見当たらない。このような挑発的なことを言われると最初は「無視」、無視できないと悟ると「細部のあら捜し」というのが知識人の習性なのかもしれない。
この本は「現在が英語の世紀である」ということに危機感を感じていそうな人から絶賛されている。逆に言うと英語の世紀に危機感を感じないような人はまったく読む必要がないかもしれない。
衝撃を受けたが、「著者の主張に全面的に賛成か」と問われれば「YES」とは言えない。残念ながらもう日本語は亡んだも同然だ。例えばコンピュータのソフトウェアも見てみるがよい。日本で作れらた汎用ソフトウェアはほとんどない。英語の仕様書やマニュアルが書けない日本人には世界に通用するソフトウェアは作れのだ。(しかも日本語に訳されたマニュアルにはときどき間違いがある)科学の分野でも、著者もいうように、まともな研究者は英語で論文を書く。英語のできない研究者は研究者とは言えない。
著者は明治時代の小説を絶賛している。それには私も反対しない。しかし日本の現代小説で、読む価値のあるものはどこにあるのだ。(念のために付け加えると、現在生きているノーベル文学賞を受賞した作家は、政治的理由から受賞したものだ)
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by takaminumablog | 2008-12-04 14:09 | その他の読書日記 | Comments(0)

ノーベル賞受賞者の精子バンク 

ディヴィッド・プロッツ(著)酒井泰介(訳)「ノーベル賞受賞者の精子バンク ー 天才の遺伝子は天才を生んだか」早川文庫
この本のタイトルを見て、かなり昔(20年前)に読んだ木村資生(著)1988「生物進化を考える 」(岩波新書)。この本は提唱者みずからが初心者向けに分子進化の中立説を解説した良書だ。しかし最後の章に議論を呼びそうな補足があった。人類は生物学的な意味での進化がとまった状態にあることを説明した上で、優生学の勧めとも採れる解説がついていた。優生学には「子孫を残すに相応しいと見なされた者がより子孫を残すように奨励する積極的優生学」と「子孫を残すに最相応しくないと見なされた者が子孫を残すことを防ぐ消極的優生学」がある。ノーベル賞受賞者のハーマン・J・マーラーが推奨した精子バンクの紹介がしてあった。
ところで肝心の表題の本はマーラーの影響をうけたロバート・グラハムという人がノーベル賞受賞者専用の精子バンク「レポジトリー・フォー・ジャーミナル・チョイス」(ジャーミナル・チョイスはマーラーの言葉である)を開設し大きな話題を呼んだ。その精子バンクのその後を追った物語である。
しかし本の副題にある「天才の遺伝子は天才を生んだか」というのは単行本のときにはなかったものを文庫本にするときに付け加えたものらしい。内容を表さないインチキのタイトルである。結局レポジトリー・フォー・ジャーミナル・チョイスからはノーベル賞受賞者の子どもは生まれなかったらしい。この結局精子バンクはいい加減な運営の後に閉鎖されたらしい。
 現在では精子バンクの人工授精により100万人の子どもが誕生しているらしいが、精子バンクまともな運営がなされているのだろうか?
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by takaminumablog | 2008-06-25 15:02 | その他の読書日記 | Comments(0)

読売新聞読者と巨人ファンに薦めたい本

有馬哲夫2008「原発・正力・CIA 機密文書で読む昭和裏面史」新潮新書
相変わらず、2,3歩遅れた読書感想。昨年ナベツネの政治介入には本当に驚いた。しかし驚く方が世間知らずだった、とこの本を読んで思った。政治介入どころか新聞を政治の道具にするのは読売の伝統だったらしい。読売新聞を購読する人はぜひ、この本を読んで、有料購読をやめていただきたい。(どうしても読みたければネットで済まして欲しい)ついでに巨人戦のTVも見るのを辞めていただきたいものだ。
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by takaminumablog | 2008-05-13 16:04 | その他の読書日記 | Comments(0)

アメリカに関するお勧めの本とお勧めできない本

お勧めできない本:堤未香2008「ルポ貧困大国アメリカ」岩波新書
お勧めの本:渡辺靖2007「アメリカン・コミュニティ国家と個人が交差する場所」新潮社
お勧めできない本について書くのは気が引けるが、「ルポ貧困大国アメリカ」はずいぶん売れているらしいので、一言文句を言いたい。私もアメリカの貧富の格差は驚くばかりだ、ということに異論はない。しかしこの本が貧富の格差の原因を市場原理主義、民営化としている点には納得できない。この本には市場原理主義がどうして貧富の格差を拡大するのか、民営化がどうして貧富の格差を拡大するのか一切かかれていない。その理由として著者がインタビューした貧しい個人の言葉が引用されているに過ぎない。要するにアメリカについて知識がない人を、巧みな引用で(よく言えば文章力で)誤魔化しているのだ。普通に考えれば、貧富の格差は労働市場がゆがめられているから生じるのではないのか。刑務所の民営化など日本人では想像しにくいかもしれないが、民営化が貧富の格差を拡大するという根拠はどこにもない。日本の例を見ても、駐車違反取締りを民営化したことで新しい職業ができたではなか。
一方お勧めの「アメリカン・コミュニティ」の方は面白い。一つ一つの記述は短いがアメリカの典型的な九つのコミュニティ(ゲーテッド・コミュニティ、ミドルタウン、メガチャーチ、刑務所の町など)の訪問記録だ。これを読むとアメリカがコミュニティを単位として分裂に向かっているのではないか、と考えさせられる。そしてそれぞれのコミュニティの実態についてもう少し知りたくなってくる。
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by takaminumablog | 2008-04-16 10:02 | その他の読書日記 | Comments(0)

日本語をもてあそぶ人々

安田敏郎2007「国語審議会―迷走の60年」講談社現代新書
まず、あとがきを引用。
あとがきから、(あるいは「だけ」)読む方も多かろうと思い、本書の内容を簡単にふりかえっておく。柱は二つ。ひとつは国語審議会の歴史を簡単に追うこと。類書もあるので網羅的にはしなかったが、要点をおさえつつ、現代派と歴史派の対峙から一体化、さらには倫理化を、「時流のあと追い」をキーワードにしてえがいた。このあたり、おおまかな流れだけなので、ややまとまりを欠く印象があろう。二つ目の柱は、国語審議会答申やそれに関わった人物の主張から言語観、とりわけ国語観・敬語観の変遷をみることである。戦前からつづく国の言語政策機関の言語認識とは、もっとも「正統」とされる言語観であり、社会のあり方に親和的なものである。論者が真剣であるほどに、空回り感が強い。
 こうしたことに違和感をもってもらうことが本書の最終的な目標である。しかし、その違和感にどう対処すればよいのかを具体的には論じていない。
 ということで、本書が棚に返されてしまうかもしれない。

著者は「棚に返されて買ってもらえないかもしれない」と心配するが、著者の目標は充分達成され、とても面白い。滑稽といったほうが良いかもしれない。
国語審議会(現在は文化審議会国語部会)に関わった人たちはイデオロギー過剰である。一般に言語の専門家は「人は言語によって考え、言語が思考を規制する」という面が強調し、国語を自分の信じるイデオロギーで変形しようとしてきた。それは今も敬語をダシにして続いている。
 幸いなことに現実の日本語はイデオロギー過剰なおじいさんたち(なぜか女性の言語学者は少ないようだ)に影響されないで、どんどん変化している。JIS漢字コードは国語審議会とは無関係に決定されている。(本書最終章参照)小説なども携帯で読む時代になればJISの影響は計り知れないくらい大きい。現実に使われる日本語はどんどん変形し、必要なら新しい言葉も(外来語や変な外来語という形で)導入され、必要ならば文字ですらも顔文字などのように追加されるだろう。「人は言語によって考え、言語が思考を規制する」というよりも「人は思考に必要なら言葉を作り出す」という側面が強調されるべきだろう。
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by takaminumablog | 2008-02-15 11:06 | その他の読書日記 | Comments(1)

偉大なるコナン・ドイル

エドゥアール・ロネ著 高野優監訳 柴田淑子訳2007「変な学術研究2 活魚で窒息、ガムテープぐるぐる巻き死、肛門拳銃自殺」早川文庫
原著では同一著者による別の本だが「変な学術研究1」を読んだついでにこちらの本も読んでみた。 奇妙な死に方(主として自殺)の事例がユーモアをこめてかかれて書かれている。ホラー映画以上に気味が悪い話で、推理小説作家にはためになるかもしれないが、一般人にはあまり気持ちの良いものではない。その事例の中でとても印象に残ったものが一つある。シャーロックホームズの事件簿の中に「なぞのソア橋事件」というのがある。その模倣自殺の事例が2件もあるという話には驚いた。「偉大なる(?)コナン・ドイル!」と感嘆せずにはいられない。
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by takaminumablog | 2008-02-08 13:08 | その他の読書日記 | Comments(0)

エドゥアール・ロネ著 高野優監訳 柴田淑子訳2007「変な学術研究1」早川文庫

本のカバーには「光るウサギ、火星人のおなら、叫ぶ冷蔵庫」と書かれているからよほど奇妙な学術研究が書かれているかと思ったが、そうでもない。見方によってはちょっと変わってはいるが、割りにまともな研究や発明54個、簡略に紹介されている。 私が面白いと思ったことや気がかりなことを列挙する。
「ロック・アラウンド・ザ・ロック」
50匹の犬に ブリットニー・スピアーズの歌やロック・ミュージックを聞かせた場合の犬の反応についての研究が紹介されている。素人が予想するようにロック・ミュージックを聞かせると猛烈に吠え立てたらしい。そのあとブリットニー・スピアーズを聞かせると犬を落ち着かせる効果があったらしい。
この話を聞くと大きな疑問がわいてくる。犬の聞こえる音の周波数は人間とは異なり、特に高音域で広い。犬にだけ聞こえる犬笛というものがある。人間に聞こえる音だけではなく、音楽をかけることによって家具などが振動で人間に聞こえない音をだしてはいないだろうか。紹介されて研究はそのような問題を考慮したのだろうか。残念ながら、この本にはそこまでは紹介されていない。
「ペンギンは空を見上げて転ぶか」
ちょっと有名になった伝説の火元はこの本だったらしい。もちろん「転ぶ」というのは嘘。
「マーフィーの食卓」
マーフィーの法則「トーストがバターを塗った面を下にして着地する確率は、カーペットの値段に比例する」は物理学的には正しいのかを論じている。直感的にはバターを塗った面が上になる確率も下になる確率も50%のように思える。しかしバターを塗った面が少し重いため、通常のテーブルの高さでは下になる確率がかなり高いらしい。したがって法則を「トーストが落下する場合はバターを塗った面が下になる」と簡略化すればかなり正しいようだ。勉強になった。
「ブランコの新しい揺らし方」
米国の5歳の少年がブランコの新しい揺らし方で特許を取得したそうだ。この少年の父親は知的財産権を専門に扱う弁護士らしい。「エ!子どもがその揺らし方でブランコに乗っていたら特許権侵害になるの?」と驚いた。しかし、よく読むと「このライセンスは発明者への要請に応じて、自由に使用できる」と説明されている。

他にも色々面白い話があるが書き出したらきりがないのでこの辺でやめておく。
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by takaminumablog | 2008-02-05 17:28 | その他の読書日記 | Comments(0)