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地震予知の可能性

日本地震学会地震予知検討委員会2007「地震予知の科学」東京大学出版会
地震予知に関連して、地震学者に不信感を抱いてきたのは私だけではないだろう。この理由は二つあると思う。ひとつは科学的に検証されていない仮説を解説した一般向け図書が多く出版されているからである。お話しとしては面白いので本は売れるが、未検証な予測だから当たるわけがない。読者は何年か後にはだまされたことに気づき不信感を抱く結果となる。(このような本の著者は多くの場合、地震学の本流にいる人ではない。しかし一般人はその区別がつかない。)もうひとつはもっと重大で、地震学者が地震予知の科学的知見を適切に社会に伝えていないからである。多くの場合予知可能性に関して楽観的に伝えすぎてきたからである。
この本は、最近の科学的知見(アスペリティ・モデルの解説など)も取り入れた、地震予知を一般向けに解説した良書である。それを認めたうえで、私の感想を述べてみたい。なお、次の本も併読すると内容が理解しやすい。
川崎一郎2006「スロー地震とはなにかー巨大地震予知の可能性を探る」NHKブックス

(1)地震予知という言葉の使用
この本では地震予知を時間スケールによりつぎのように分類している。(p.24)
長期予知  数百年~数十年
中期予知  数十年~数ヶ月
直前予知  数ヶ月~数時間
長期予知に関して次のように解説されている。
「今後30年以内に、宮城県沖を震源とするマグニチュード7.5程度の地震が発生する確率は、99%です」
という表現になっている。このような予知を、本書では「長期予知」と呼ぶことにする。長期予知は都市計画や建物の耐震化、長期的な地震防災意識の向上に活かされるべきものである。
 この長期評価と呼ばれている地震発生予測は、過去に起きた地震の発生パターンから将来を予測するため、大きな誤差が伴う。ある場所で発生する地震の繰り返し間隔は、沈み込むプレート境界の地質で50年から150年程度、内陸の活断層で起きる地震では500年か2000年以上というように人間の生活サイクルに比べると非常に長い。また発生間隔も30%くらいはばらつく。そのため誤差が非常に大きくなる。
 そのような大きな誤差を伴ったものは地震予知ではないと読者は感じるかもしれないが、将来の地震の予測をしているという意味で地震予知なのである

何とも奇妙な詭弁だ。「長期評価」という分かりやすい言葉があるのにわざわざ「長期予知」と言い換える必要があるのか。地震学者は「プレート境界で起きる地震の長期予知は可能」と言明するであろう。事実可能である。しかし、一般人の中には「長期」という言葉を脱落し「今でも地震予知が可能」と誤解する人がでてくるであろう。うがった見方をすれば、「地震予知がある程度可能と社会に思わせておいたほうが研究費や研究用計測事業に予算がつくから、地震学者は都合がよい」と思っているのではないか。

(2)大規模地震対策特別措置法を見直さなくてもよいのか
この本のコラム「大規模地震対策特別措置法―えっ新幹線は動かないの?」の中に次のような記述がある。
現在の科学的知識のレベルから考えても前兆現象が明確に現れることは完全に保証されていないわけだから、地震予知情報をもとに警戒宣言がでるということを前提とした法律は廃止すべきという意見がある。しかし、この意見は、大震法が地震予知ができるということを前提としているという誤解から生じている。当時も、そして今も、確実に予知できることを前提に大震法を作ったというものではない。東海地震が予知できる可能性がまったくないと考える学者はほとんどいない。少しでも予知できる可能性があるのならば組織的に対応しようという法律なのである。

いまさら「大震法が、地震予知ができるということを前提としているという誤解から生じている」などといわれたら、一般人は「地震学者はうそつきだ」と思うだろう。たしかに地震学者は「100%地震予知できる」とは言わなかったかもしれないが、社会は「予知の可能性が高い」と受け止め、地震学者たちもそれを訂正しなかったのだ。「東海地震の前兆現象と考えられている前兆すべり(プレスリップ)」は検証されたものではないし観測されたこともない」ということが一般に知られるようになったのは、兵庫県南部地震の後、大震法批判論者の指摘があってからではないのか。たとえ「前兆すべり」が観測されたとして何時間後に大地震が発生するといえるのだろうか。現在の大震法に基づく対策では地震発生の予知が数時間の誤差で予知できなければ社会が持たないような内容になっている。ここ10年ほどの科学の進歩(地震の発生過程をプロセスとして検知・観察すること)により予知する可能性がおぼろげながら見えてきたというのが現状ではないだろうか。大震法を廃止とまでは言わないが見直しが必要ではないか。

(3)一般人の求める「地震予知」はまだ不可能
 そもそも地震には次の2種類がある。
・プレートの沈み込みによってプレート境界で発生する地震
・大陸プレートの内部で発生する地震
 最初の地震については本書にも解説されているようにかなり科学的知見が蓄積されてきた。そろそろ「中期予知」も可能になるかもしれない。ひょっとしたら大きな時間誤差を伴うかもしれないが「直前予知」もできるかもしれない。しかし大陸プレートの内部で発生する地震(内陸の活断層上で起こる地震)は発生間隔が長く「長期予知」でさえ発生間隔(500年~2000年)の30%もばらつく。しかし内陸の地震が都市で発生すると、いわゆる直下型地震となり大きな被害が発生する。全体としてみると地震予知できないと考えたほうがよい。最近著しい進歩があったとはいえ、地震予知はまだ研究段階なのだ。
 話は変わるが最近「緊急地震速報」というのが話題になっている。これは地震発生地点の近くでP波(初期微動)を捕らえそれから地震の規模を予測し電気通信手段で離れた場所に地震発生警報を出すものだ。その原理は素人でも分かる内容であり、「前兆すべり」観測などよりはるかに優先度が高いものだったが、やっと実現した。このような取り組みがなされたのも地震予知は当面期待できない、大規模な災害を回避するにはこれしかないということが認識されたからだろう。地震予知も大切だが予知できない場合の対策はもっと重要だ。

<追記>「スロー地震とは何か」に震源地から400kmも離れたメキシコ・シティの軟弱地盤に建てられたビルが崩壊した事例に関連し、次の記述がある。「日本は、今や超高層ビルの建設ラッシュである。1968年に日本で最初に建てられた超高層ビル、霞ヶ関ビル(東京都千代田区霞ヶ関)の高さは地上156mである。2004年現在、東京23区内で、霞ヶ関ビルより高いビルは46棟、そのうち14棟は200mを超える。大阪市内では、15棟、名古屋市内では3棟である。しかし耐震設計は5秒から10秒の長周期時地振動が5分も続くことなど想定していない。もちろん超高層ビルは安全を見越してかなり強く作られているので倒壊してしまうような極端なリスクは小さいであろう。しかしながら想定外の継続時間の長周期時地振動のため、高層ビル内のライフラインなどが破壊され、居住が長期間不可能になるような可能性が考えられる。」p.210
by takaminumablog | 2007-06-04 14:30 | 読書日記(その他の科学)
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