「自己責任を忘れた登山者」と「環境破壊促進判決」

今回は読書感想ではありません。私は法律のことはまったく分かりません。ただ個人で登山やハイキングを楽しむのでこの種の事件に興味があるだけです。

「奥入瀬渓流落木事故訴訟」というのがあった。この事件についてはいろいろ報道されている。たとえばこちらの共同通信の記事参照。これに先立ち東京地裁の判決の要旨はこちら。
事件のあった場所には行ったことがないので、どの程度観光地化したところか分からないが、被害にあった人にも過失責任はないのだろうか、と疑問がわく。青森県にしてみれば、借用したところでもないところで起こった事故にも管理責任を問われるのは不満だろう。

実は、この訴訟の前に「大杉谷吊橋訴訟」とよばれるばかげた訴訟があった。(裁判官は判例を大切にするので奥入瀬渓流落木事故訴訟に影響を与えたのでは?と素人推理している)
大杉谷についてWikipediaには次のような記載がある。(wikipediaではURLが変わってしまうため、リンクをつけていません。確認が必要な方は各自検索してください)
1979年9月15日、登山サークル一行(ほとんどが初心者)52名が、老朽化した吊橋を「通行は一人ずつ」との警告板を無視し10人ずつ渡った結果、ケーブル2本のうち 1本が切断し1名が墜落死亡1名が重症を負った事故。 当該サークルは、1泊2日で行程を組んでいたため、当該吊橋で待たされると日没までに山の家に到着しなくなることを恐れ、前に渡っている登山客が制止する にもかかわらず通行した。
本事故に関するサークルリーダーの刑事責任は、不問とされた。
遺族は、三重県と国に対し、国家賠償訴訟を神戸地裁に起こした。 神戸地裁は、三重県には吊橋の管理に瑕疵があり、国には吊橋の設置管理費用負担者の責任がある、一方死亡者にも警告板を無視した過失があるとして3割を減額した賠償を命じた判決を下した。
本判決に原告・被告とも控訴した。 特に被告側は、裁判官が被告側の要求する現地検証を拒否し、登山道を「ハイキングコースであり、スカートやヒールでの登山客もいる。」と認定するなど大きな事実誤認をしたと主張した。 控訴審では、被告側の主張を一部入れ、死亡者の過失割合を4割に増やした。 被告の上告を受けた最高裁では、国を費用負担者と認定せず、三重県には上告棄却(敗訴)、国には原審破棄(勝訴)の判決を下した。
本件を契機として、環境庁は登山道の安全に神経を尖らせ、多くの登山道が通行禁止となり、自然保護団体からは自然破壊と評されるくらいの登山道整備を行った。 本登山道も、岩盤に発破をかけてまでして登山道を整備し、1983年に再開された。

中立的な記事とは言い難いかもしれないがこちらにも解説がある。
私は、この事件が起こるかなり前、10人ほどのパーティーで大杉谷に行ったことがある。「一人ずつ」という注意に従い、怖い思いをしながら吊橋をわたった記憶がある。もちろんスカートやヒールでは歩けないかなりきついコースであった。(このコースの終点である大台ケ原山頂は簡単に行くことができる) 事故の後、登山道が整備されたらしいが、それでも遭難事故が起こっている。
最近、登山ツアーが盛んである。パーティーの人数が多くなる体力にばらつきが出るため、危険だと思うが10人以上が多いようだ。すれ違う人に道を譲らない、小走りになったり、草地に踏み込んだり、困った存在だ。私などは「よく事故が起こらないな」と感心している。
これからは、ひとたび事故がおこったら、ツアーの会社やガイドは(自分の責任を転嫁するため)登山道の管理者を訴えるようになるだろう。なんせ判例があるのだから。
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by takaminumablog | 2007-02-15 14:32 | 雑感 | Comments(4)
Commented by Taka at 2007-02-15 16:58 x
本文に書き忘れましたが、奥入瀬渓流落木事故について、国は最高裁に上告したそうです。
Commented by 田村 義彦 at 2007-05-09 09:40 x
貴ブログに「中立的な記事とは言い難いかもしれないがこちらにも解説がある。」とご紹介戴いた「こちら」を書きました大台ヶ原・大峰の自然を守る会の田村と申しますが、弊会HPに貴ブログのリンクをはることをご承諾ください。
Commented by takaminumablog at 2007-05-13 15:07
リンクありがとうございます
Commented by HIKO at 2007-05-23 15:24 x
5月18日青森地裁は、2000年秋に青森市の城ケ倉渓流歩道で起きた落石死亡事故について「防止措置を講じる必要があった」と青森市に対して2584万円の損害賠償支払いを命じたと報道されました。貴説で述べられた奥入瀬渓流事故と同じ司法判断です。

大杉谷吊橋事故の判決から20年以上が経ちましたが、その間、“登山の観光化”が急速に進み、ツアーが定着し、山岳遭難ではない観光事故が続発しています。裁判は氷山の一角にすぎませんが、司法の側も自然観、登山の基本認識に進歩が窺えません。危険に満ちた自然の中で行動する際、当然自らが負うべき自己責任を他者に転嫁する観光客の裁判権の濫用と、それを受けた間違った判決によって税金が浪費され、行政の自己防衛のための過剰整備が更に一層増えることが予想され、自然が人工化されていくことを憂います。これこそ、愚かな“自然破壊”です。
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