坪田知己2009「2030年メディアのかたち」講談社

Twitterの大流行をみて「Twitterが社会革命を引き起こす」という主張を耳にするようになった。この主張に、私は強い違和感を覚える。なんでも流行すると後追いで「革命だ」と大騒ぎする人がいるものだ。このような人はSNSが流行りだしたときも、動画共有サービスが流行りだしたときも大騒ぎしていただろう。何もめくじらを立てないで聞き流せばよいと言われるかもしれない。そこで流行中のサービスをもっとひろくとらえて「ソーシャルメディアが革命を引き起こしか?」という見地にたって考えてみたい。
インターネット時代に入りマスメディアの凋落が著しい。(日本経済新聞が
電子版を開始するが、月4000円を払う人、あるいは宅配+1000円を払う人は少ないだろう)メディアを独占し競争原理が働かない日本のマスメディアを見ていると、喜ばしいとすら思う。だからと言ってソーシャルメディアがマスメディアを代替するだろうか。日本語のブログは、数は多いが、ほとんど個人の感想、日記で、社会的な意見を発表したものは極めて少ない。私はウィキペディア(通常ソーシャルメディアの内、コラボレーションに分類される)を初めて見たとき、その素晴らしさに驚いた。しかし現在は残念ながら心ない人により
2チャンネル化しているようだ。イデオロギーが関係する問題については全く信用できない。自分のよく知っているサイエンスに関する用語を検索してみると、時々誤りが見つかる。そのウキペディアが編集者の減少により危機に瀕しているらしい。(こちらを参照)
 Twitterのような、つぶやき(あるいは英語を直訳すればさえずり)は例えその中に重大な社会的意見が含蓄されていても読むとることは難しいため、ノイズにしかならない。社会を変える原動力だと考える人の思考回路はどうなっているのだろう。(Twitterの流行は、そこで交換される情報の内容ではなく、同じ時間に内容は何でもいいからおしゃべりをしていることが楽しいから流行っているのだろう)
 掲題の本によると、『少数のエリートが多数に向かって意見を述べる「一→多型」のマスメディアが崩壊し、多数の人が多数の人と意見を交換する「多→多型」のソーシャルメディアに取って代わられた。しかしその時代はやがて終息し「多→一型」に時代が来るだろう』らしい。その通りかもしれないが、この本の言うような近未来には無理だろう。コンピュータによる知的処理は、過去多くの研究がなされ、徒労に終わった。現在はその萌芽すら見えない。
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by takaminumablog | 2010-03-06 18:25 | IT | Comments(0)
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